コラム

お店づくりの大事なプロセスを、プロの視点で覗いてみませんか?
2010.06.15 |コラム



景気が回復していると言うけれど、店舗の世界はまだまだ冷え込んでいるようです。
都心では、商業地域では店舗よりもコインパーキングが増えている気がします。
六本木にも、裏原宿にも…福岡は西通りにも「あれっ?ここって昔なにがあったっけ?」という数年前には、空き地なんて想像できなかった場所にぽっかり広い土地ができていたりします。
私の記憶がかなり曖昧だったことを寂しむとともに街が新陳代謝しながら生きているんだなぁということに感慨を覚えてしまいます。
そして、最近同じようなことを考えることがありました。中洲のネオンです。

昔は、川沿いのバーから見える華やかなネオン看板は、点滅や派手なデザインで競い合うように視界を占拠し夜遊び気分を盛り上げ、特等席に華を添えてくれていました。
景気も影響していると思いますが、現在の川辺はかなり地味になりました。
広告主がいなくなった無地の看板達ややけに歯抜けのように空が見える様は哀愁すら感じさせてくれます。
橋の袂にある老舗鮨屋の屋根に燦然と輝くウコンドリンクには違う意味で意気込みを感じますが…
博多といえば、中洲のネオンと屋台が名物だったのですが、屋台もかなり状況が変わってきたようです。



中洲の川沿いにある屋台はすっかり観光地と化して、今や地元人はあまり行きません。
東京人の《チープな》接待に欠かせなかった長浜の屋台もガラガラで切ない景色です。

※写真:長浜の屋台通り(一番手前の「ナンバーワン」だけ繁盛中?)

屋台文化というのは、アジア特有の生活シーンであり、食によって人と人を結びつける大切なコミュニティです。それがいつの間にか生活から切り離されつつあるのは、その形態や状況が現代人のライフスタイルに適合しなくなってきたことだと思います。
ファストフードや安い居酒屋、レストランなどは競争の原理による企業努力で食材、味、サービス、オペレーションなどハイレベルな開発を続け成長しています。同じカテゴリーだと考えられる屋台がいまいち盛り上がらないのはいい意味で変わっていないからかも知れません。



屋台は常設の店舗ではありません。現代の法律では成立しない歴史的な店の形態として興味深い対象です。
夕方、人力で移動、設営し、営業後には綺麗に清掃したうえで撤収します。
私たちが出勤する頃には跡形もなくなっています。
この重労働の営業は、涙ぐましいくらいに感動的です。最近はそういった労力を続けることができなくなって後継者もなく権利放棄することもあると聞きました。
屋台は、権利制になっており今後増やすこともないことから、どんどん屋台自体がなくなってゆく危険もあるらしいのです。
私たちは、この伝統の店舗をなくしたくはありません。
博多の屋台は、やはり『食』をきちんと見つめ、地域に根ざした“私たちの自慢の屋台”という店舗であってほしいと思います。

スマートフォンやiPadの出現で、広告はデジタル化しその形態は大きく変わりつつあります。
個人に直接届く広告、選ぶ情報、大衆ランキング、ツイッターなどの口コミネットワーク…
情報の洪水という看板が犇めくアジア的な景観はもう時代遅れかも知れません。
広告がネオン看板に戻ってくることは少ないと思います。
“ザ・博多!”のベストショットは、来年の春には再開発された《やけに「阪急」のサインが目立つ?》博多駅ビルにとって代わられるのでしょうか。
でも、博多っ子だったら中洲の看板の火を消さないで欲しい。
「仕事で成功したらくさ、ここに看板ばあげるけんねっ!」って素敵な旦那衆をお待ちしております。
ごりょんさん*方もよろしくお願いいたします。
ごりょんさん*:商家の主婦、おかみさんの敬称。「御寮人」の転じたもの

「お店のフシギ研究所」所長 黒木聡子